Aplaudoのブログ

ハンドメイド作家さんの作品を扱っている、茨城県水戸市南町3丁目のAplaudo(アプラウド)です。アプラウドの2階は、ギャラリー誉(よ)りみちです。

光景

FMから女性シンガーの声で、最近の流行りらしき歌?、
「おばあちゃんが・・トイレで・・・?女神に?」どうの…
という曲が流れて来ました。

「トイレが、トイレが、」と聴いているうちに、今から食べようと思って
助手席においたシナモンロールが、別のシロモノにも・・思えてきて、(笑)
まったくこういう歌が出てくるんだから。世も末だわね~、なんて、
つい婆くさい独りごとも口をつきそうになりながら。

だんだんとその不思議な歌詞に耳を奪われていきました。


多分、昨年他界したばかりの祖母と重ね合わせてしまったんだと思われ、
クルマを一時停止する心境で、しばらくじぃ~…ん。聴き入ります。

歌詞は確かこんなでした。

「トイレには それは綺麗な綺麗な、女神さまが
住んでいるんやで。

おばあちゃんがくれた 言葉が
今日のわたしを べっぴんさんに してくれてるかな…」 (ここでブワっと↑、曲調が盛り上がる。)


メロディが哀愁を寄せて、きっとだれもが、おじいちゃんやおばあちゃん、
または身近にいた誰か大人たちと、確かに紡いだ光景を、温めて生きてきたのだと
思い巡らせます。


わたしの祖母は、生きていれば、昨日の7月28日でちょうど100歳になるツワモノでした。
花を愛で、きれい好きだった祖母。


共働きの両親で、3歳ごろまで祖母の世話になることが多かった私は、
母に叱られるたび 「おばあちゃ~ん!お母さんがぁ~!」と、別棟にいたゴッドマザーにチクりつつ、
胸に飛び込んだようです。 (嫁の母は相当やりにくかったかと思われます…)


いったん話しが始まると、庭に咲く花や木々、植木や鉢物の名前など、
寸分も違わない記憶力の披露が止まらず、空気をまるごと独占する迫力が・・・。すごかった(*^_^*)


何とかタイミングをねらい、「おばあちゃん、それよりも戦争のときの怖~い話しを聞かせて。」
と言える確率は、わずかだったなぁ。(笑)
10歳くらいまで、布団の中で戦争の話しをしてもらうのが大好きで
怪談のような世界と恐怖感を、ねらっていたわたし。 (かなり変な孫…?。)


関東大震災のときは、もう?小学校6年生。(!)
寝たきりだった隣のお爺さんが2階で取り残され、
「おっかなかったけど、おじさんと2階まであがって火の中を、お爺さんを担いで降りたんだよ。」と
無我夢中だった情景が、リアルで、ぞくぞくさせられて。


東京の下町に家族で暮らしていたという30代のころに、戦争。
空襲の翌朝に、防空ごうから這い出ると、目にうつる光景は破壊されていた。


となりの家の防空ごうには、弾が命中してしまい、その家の人たちは変わり果てた姿で、真っ黒に・・・。
身体中の皮膚という皮膚が壁に、「ベタベタ、とみんな引っ付いていて、おっかなかったんだよ」。
 
・・・☆・・・

直後、山梨県疎開をすると、その一週間後に、東京大空襲が起きた。

しばらく後、祖父が様子を見に行くと、
東京は跡形もなく、全てが、もうみんな全てが無くなってしまった、と。

なんだか、
一気に書いてきてしまいましたが、明治ー大正ー昭和ー平成と、生き抜いた代の壮絶な
女の一生は、次から次へと飲まれる波のように、息が詰まってきそうです。

祖母との追憶を、ゆっくりとほどいていく。 絡んだ糸のように。
贈ってくれた言葉の数々は、いろいろあるけれど、やっぱり思い浮かぶ最高のメッセージは、
祖父母の家のでぴったりくっつけた布団の中という光景と そして、
「戦争は、おっかない。
戦争は、いけないよ。」 という言葉です。

おばあちゃん、見守ってくれていつもありがとう。 
好きな甲州ワイン、そちらでも味わってますか。わたしは元気一杯・・では無いときもあるけど、
まぁそこそこは元気だよ。  100歳の誕生日、おめでとう!