にわか雨の予感がしたある晴れた日、
訪ねたかった「茨木のり子展」へ、
世田谷文学館へと足を延ばしました。
(もう終わってしまい残念です)
『倚りかからず』の詩が有名な茨木さんの作品を、子どもの頃に読んだとき、
泣きが入る位(コワかった?)
…という人の話に、
妙に共感したことがあります。(笑)
それは、愛のムチが胸に迫りくるためかも知れませんが、
大人になったいまの自分にも、
確かにスカーンとパンチで効いてくる
茨木式・ドラッグ。⁈
でも、展覧会では、活字では無く、
ご本人の肉筆のままで味わえたので、
〈肉筆vs活字〉の染み入り方が
だいぶ違うことに、驚きました。
文章のところどころが濃かったり、
斜めにちょっとスキマがでていたり、
上から書き直されている箇所等は
詩人になったつもりで読みました。
何より、茨木さんの丸みあるフォルムが、裸ん坊で、活字には醸しだせない肉色でした。
例えば文章の一部、
〈永訣は日々の中にある〉と、
活字に変換するとこう⤴なりますが、
茨木さんの本人の文字(手書き)にすると、
…う、変換できない。(あったりまえだ)
(気持ちを変えて、著作物からの一頁より)
「詞を作りながら、どんなことを考えていたんだろうなぁ」と掻き立てられ、
去るのも惜しく
図録を注文して、あとにしました。(何と図録は売切れでした)
広めの教室が幾つか配備されてる程度の会場には、
新聞に紹介されていたこともあるでしょうが、
互いにすれ違えないくらい
多くの人たちで人気を感じさせます。
帰りがけには予測通りゲリラ豪雨に撃たれましたが、
茨木さんの余韻が傘となり、
やがてまろやかなビタミン剤の様に
ききめが出てきて、
…
自分改善…⁈
人生の援護射撃を受けたいときに
いつかまた出会えるタイミングを祈ります。