Aplaudoのブログ

ハンドメイド作家さんの作品を扱っている、茨城県水戸市南町3丁目のAplaudo(アプラウド)です。アプラウドの2階は、ギャラリー誉(よ)りみちです。

人は間違うもの

今日は、お店と関係のないことを、
長文で申し訳ありません、
書かせていただきます。m(__)m



【人は、間違うもの】

遺族の心理はどういったものか、少し古い記事ですが、松本サリン事件の被害者遺族である河野義行さんの心の軌跡には、ただ驚くしかありません。
2009年3月10日の毎日新聞の夕刊記事から抜粋し、拙い感想を交え、書かせて頂きます。今でも私の最も好きな新聞記事のひとつで、長文になってしまいすみません。

河野さんは、事件以来重体だった妻の澄子さんの病院へ毎日出かけ、音楽をかけ、マッサージをし、語りかけていたそうです。しかし、14年間、意識は戻ることが無く、澄子さんは60歳の生涯を終えます。河野さんにとっては、絶対治ると信じてきた14年間だったのだといいます。
「妻が亡くなった時に、我が家での『事件』が終わっており」、また、理不尽にも、事件当初は容疑者扱いされている河野さんにとっては、「警察がどうとか、マスコミがどうしたというのは、はるか昔に終わっている話」でもあるのだといいます。


さらに最も驚かされたのは、ここから。
松本サリン事件で、サリン噴霧車を製造した殺人ほう助の罪で10年の刑を終え、出所したオウム真理教元幹部(藤永孝三さん)と河野さんとは、まるで友達のような交流があるというのです。河野夫妻がサリンで倒れたその家に、藤永さんは泊まったり、庭木の手入れをしているのだと。

にわかには信じ難いですが、2006年、刑を終えて澄子さんの見舞いにやってきた藤永さんを、河野さんは受け容れたのです。

ー 河野さん 「加害者だからうんぬんという感情は持っていません。やってしまったことはしかたない。人は間違うものなんです。刑期を終えたらそれ以上の不利益は受けないと、法律で決まっている。」
頭でそう理解できても、感情的には受け入れられないと言う新聞記者に、河野さんは、軽くうなずいて、命には、限りがあって、どこで終わるか分からないのだと応えました。
「恨んで憎んで過ごしていたとしたら、そういう人生はその人にとって幸せなのかと思うわけです。楽しんでなんぼの人生のほうがいいじゃないですか。だって、人は間違えるものなんですから」

澄子さんが亡くなり、講演会に出向く忙しい生活が戻って、澄子さんのことを話すことも多いそうです。
「命があるのは、やっぱり貴いということ」
「それぞれが自分の中で自分の人生を総括するしかないんですよ」



加害者(藤永さん)と遺族(河野さん)とが‘交流’しているということは、最初、読む側には驚きでしたが、河野さん自身にとっては、望ましい自然なことだったのかも知れないことが判ります。
その一方で河野さんのケースは特殊なのかも知れないし、藤永さんが、非常に誠実だったのかも知れないしと、色々疑問や想像が沸いてくる‥。
こういう私のような単なる想像では終わらせないために、遺族の心の訴えを、理解しようと耳を開くことが、事件について考える時に必要なのだろうと思いました。
(心情を語る河野さんのような記事に、あまり出逢えないのが少し残念な点です)


また、被害者や遺族の方の人権や生活が保たれるため、社会が(世間とか周りのとか人が)、どう守るべきかを優先して考えなければ、死刑制度 うんぬんの話しだけが独り歩きしてしまい、人が人を裁く事の矛盾が、後味の悪さとして、いつまでも残されるのではないのか‥とも私の狭苦しい視野で、考えるところです


河野義行さんの言葉で、私が特に好きなのは、
‘それぞれが自分の中で自分の人生を総括するしかない’という言葉です。

先日のオウム真理教13人の服役囚の死刑執行は、海外まで速報で伝ったといいますが、いまの風潮の中で過去にこんな風な記事を読んだことを伝えたかったです。
今までもこれから先も時々読み返し、心に元気が湧くのだと思います。

駄文にお付き合いありがとうございました。


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